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宇都宮家庭裁判所 昭和59年(少)1107号 決定 1984年6月22日

少年 KH(昭四三・一・二六生)

主文

少年を医療少年院に送致する。

押収にかかる現金一六、五〇〇円(昭和五九年押第一九四号の一)は被害者吉沢ミキに還付し、マスク(同押号の二)はこれを没取する。

理由

(犯行に至る経緯)

少年は、中学校を卒業後四か月ほど食料品工場の工員として稼働したが、昭和五八年八月ころにはこれを辞めてしまい、以来仕事をせず、肩書住所地の父母方で無偽徒食の生活を送つていたが、後記犯行の二、三週間程前新聞配達を思い立つたものの職業安定所の係員からバイクの免許が必要かのごとき話を聞き、母からも少年が望むような高価なバイクの購入を断られたため、これらの費用を自分で得る方法についてあれこれ考えるうち、後記犯行の三日程前、後記雑貨商○○商店で強盗することを思い付き、その翌日は下見に行くなどして犯行の日取りを考えていたが、昭和五九年五月一八日午前、同日午前中に上記考えを実行に移すことを決意し、勝手場から包丁一丁(昭和五九年押第一九四号の三)を持ち出し、新聞紙を折つて作つた袋一個(同押号の四)の中に入れ、タンス内にあつたマスク一枚(同押号の二)とともに携行し、同日午前一一時五分ころ自転車に乗車して上記住所地を出て、約二・四キロメートル離れた○○商店へ向かつた。

少年は、上記商店に着くや、マスクを着用し、包丁を袋から出して右手に持ち、素早く店の中へ入つた。

(非行事実)

少年は、

一  昭和五九年五月一八日午前一一時一五分ころ、字都宮市○○町×××の×番地前記雑貨商○○商店店舗内において、一人店番をしていた同店店主A子(当時六四歳)に対し、やにわに右手に持つた前記包丁の刃先を同女に構えて向けながら、「金を出せ。」と申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧して、同女が商品陳列ケース上に出した五、〇〇〇円札一枚を手に取り、更に右ケース上の銭箱内から現金一万一、五〇〇円をつかみ取つて、これらを強取し、

二  業務その他正当な理由がないのに、前記日時場所において、刃体の長さ約一七センチメートルの「牛刀」と称する前記刃物を携帯したものである。

(法令の適用)

判示一の事実につき、刑法二三六条一項

二の事実につき、銃砲刀剣類所持等取締法二二条本文、三二条

(処遇の理由)

一  少年の家庭環境、生活史、学業職業関係、性格行動傾向、精神状況等は当裁判所調査官作成の本件に関する少年調査票及び宇都宮少年鑑別所作成の少年に関する鑑別結果通知書記載のとおりであるから、ここに引用する。

二  少年は、本件後なされた精神科医による診察の結果精神分裂病の疑いと診断されており、上記工場の上司も少年の精神状態に疑問を感じていたこと、またその実父は精神分裂病様精神病として長期にわたり入退院を繰り返していることから、本件犯行当時の少年の精神状態が責任能力のあるものであつたか否かにつき疑問を生ずる。

そこで検討するに、一件記録によれば、本件犯行は前記のとおり計画的であり、○○商店は老婦人が一人で店番をし、西側に会社が二軒ある他は周囲に人家等はなく、大通りに面しているため脅し易く逃げ易いと判断した上での犯行であり、客の少ないと思われる時間帯を選び、顔を見られないようにマスクを着用し、被害者が外部へ逃走するや通報をおそれて直ちに逃走するなどその判断は冷静かつ合理的であり、また犯行態様自体にも病状を思わせる程の奇矯な点はなく(なお、少年は当審判廷において、脅し文句の他に「ごめんね、ごめんね」と言つた旨供述するところ、これが真実であるとすれば若干奇異と思われなくはない。)、動機と犯行との間にも通常人の了解を越えない程度の関連が認められ、少年の犯行自体及びその前後の行動、現場の状況等についての記憶も比較的鮮明であり、犯行時に幻聴その他の意識障害等は存在せず、脅している際には怖かつたと述べるなど自己の心理状態も把握でき、犯行の重大性をそれなりに自覚していたことが認められる。これらの事実に、少年の知能程度はI・Q・九五WAISで普通域にあること、少年は犯行時に一六歳四か月であり精神分裂病に罹患していたとしても初期の段階にあると思われることなどを併せ考えると、前記奇異と思われなくはない点があることを考慮しても、本件犯行当時少年は少くとも限定責任能力を有していたことは十分認められるのであり、心神喪失の状態になかつたことは明らかである。

三  ところで、少年は上記の疾患の疑いがあり、早期に経過観察のうえ適切な治療を施す必要があるところ、少年の父は前記疾患により現在入院中であり、また母は宗教を信じ、少年の精神状態について若干の疑問は抱きながらも現在まで精神科を受診させることをしなかつたものであり、経済的に恵まれないこともあつて今後も早急に専門医を受診させることについては消極的である。

他方、少年は中学三年時に友人と万引をなした非行歴が一回あるのみであるが、本件で刃物を用いての強盗を安易に決意し、現在においても罪障感に乏しいなど性格的な偏りもみられ、また罹患のためばかりとも考えられない怠惰な点等も存在する。

四  以上の点やその他諸般の事情を考慮すると、専門家による経過観察と必要に応じた治療に並行して矯正教育を施すため、少年を医療少年院に送致することが必要かつ相当であると思料する。

よつて、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、被害者還付につき刑訴法三四七条一項、没取につき少年法二四条の二第一項二号、二項を各適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 畑中芳子)

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